主張と見解

【アピール】部活など学校から体罰をなくし、子どもを主人公にした学校にするために みんなで力をあわせましょう

大阪市立高校生が部活担当教師による体罰を苦に自殺した事件は、全国に衝撃を与えました。 その後も、各地で部活やスポーツの場で日常的に体罰が行われていたことが明らかになり、あら ためて問題の深刻さが浮き彫りになっています。

新日本婦人の会は、1970 年代からテレビ番組や雑誌に暴力シーンやスポーツ根性もののしご きなどが溢れるなか、テレビ局への申し入れや懇談などを行いました。80 年代から 90 年代にか けて校内暴力や体罰が社会問題となるなか、各地で学習や話し合いを重ね、「体罰は子どもを傷 つけ、まわりの子どもも傷つけるもの」と、体罰に反対する合意をひろげてきました。

「言葉の暴力」を含め、子どもの心身を傷つけ、苦痛を与える体罰は決して教育とは相いれません。だからこそ、学校教育法でも懲戒としての体罰を禁止しているのです。「子どもの権利条 約」にも教育の目的は、子どもの人格、才能ならびに精神的、身体的能力を可能な限り全面的に 発達させることと明記されています。子どもの命と人権を守る立場から、子どもの意見・声に耳 を傾け、学校全体で体罰をなくすための徹底した議論が求められています。

残念なことに、体罰は「指導」の一環だと考え、「ある程度なら容認できる」「少々の体罰は強 くなるためには仕方ない」と肯定する風潮が社会のなかにあります。しかし、体罰で子どもの能 力を伸ばすことは決してできません。 体罰問題の背景には、部活動などで勝つためには手段を選ばない「勝利至上主義」があります。 好成績をあげて進学に役立てば、学校のPRにつながり、ますます学校間競争が激しくなります。 その競争に勝ち抜き、実績をあげるため、管理統制で子どもたちをしめつけてきたことが、体罰 の土壌となっているとの指摘もあります。

子どもたちの声に親たちが耳を傾け、学校に粘り強く要請するなかで、体罰をなくすことがで きたある高校の経験があります。生徒自身が顧問を探し、自分たちで練習方法を考え、励んだ結 果、大会でも好成績を収めました。この事例をみてもわかるように、子どもたちには力がありま す。 今回の事件を利用して、政治が教育に介入し、支配を強めようとしていることも見逃せません。 命令や統制、競争や管理を押しつけることは、問題の解決にはなりません。

子どもの命・人権を何よりも大切にし、子どもを主人公とした学校・環境をつくるためにも、親 と教師、地域・社会がともに率直に話し合い、体罰をなくすために力をあわせることを呼びかけ ます。