60th ANNIVERSARY 新日本婦人の会創立60年

ひとりじゃない。つながってかなう、私の願い。 ひとりじゃない。つながってかなう、私の願い。
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あゆみ あゆみ

1960年代~1970年代
1980年代~1990年代
2000年代
1960年代~1970年代

1960~1970年代

1962年10月19日に結成 1962年10月19日に結成
ポストの数ほど保育所を ポストの数ほど保育所を
交通事故から子どもを守ろう 交通事故から子どもを守ろう
結婚退職制撤回 結婚退職制撤回
子ども医療費無料化に 子ども医療費無料化に
全国各地で班結成 全国各地で班結成
1980年代~1990年代

1980~1990年代

軍事費よりも暮らし、福祉、教育に 軍事費よりも暮らし、福祉、教育に
男女平等・女性の地位向上を 男女平等・女性の地位向上を
多彩な要求別サークル 多彩な要求別サークル
産直運動スタート 産直運動スタート
沖縄少女暴行事件に抗議 沖縄少女暴行事件に抗議
核兵器廃絶署名1000万人達成 核兵器廃絶署名1000万人達成
2000年代

2000年代

NO WAR イラク攻撃やめよ NO WAR イラク攻撃やめよ
地球温暖化防止 地球温暖化防止
東日本大震災原発ゼロ 東日本大震災原発ゼロ
レッドアクション レッドアクション
国連で核兵器禁止条約を求めるスピーチ 国連で核兵器禁止条約を求めるスピーチ
コンビニから成人誌撤去 コンビニから成人誌撤去
教室にエアコン設置を副大臣と交渉 教室にエアコン設置を副大臣と交渉
少人数学級を求める署名提出 少人数学級を求める署名提出

入ってよかった 入ってよかった

新婦人が声をあげてつくった学童保育所で育った

新婦人が声をあげてつくった学童保育所で育った

ななこ(43)

 

 

私は会員だった亡き母と、新婦人のみなさんの中で育ちました。写真は新婦人がつくった学童保育所での私です。(右から2番目)

 私が新婦人に入会したのは、来春高校を卒業する娘が3カ月の頃、子育て世代のつながりがほしい「頼りになるのは近くの新婦人だ!」とあかちゃん小組(サークル)入会しました。

 

 班会や新婦人学校で学ぶうちに、私自身が放課後を過ごした学童保育所も、休日のレクレーションも、新婦人が声をあげ、実現してきたことだったと知りました。入会当時、就学前までだった札幌市の子ども医療費助成も、先輩たちの運動が実ったものでした。「声を上げる」ことで、次の世代が子育てしやすい社会をつくれるんだ!とモチベーションが上がりました。私も声を上げ、行動するようになり、いま札幌市は小学校卒業まで子どもの医療費の無料が拡充されています。

 

 保育園、学齢期、今は思春期。ずっと仲間たちに支えられ子育てをしてきました。コロナ禍で集まることが少なくなりさびしいですが、オンラインという新たなアイテムにチャレンジする新婦人のバイタリティーは、魅力の一つです。

 

 次のあたりまえをつくるパワフルでかっこいい新婦人にあなたも入会しませんか?

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3回の転勤と引越し ふとした会話が署名運動になって実現へ

3回の転勤と引越し
ふとした会話が署名運動になって実現へ

福島支部 まや(36)

 

 長女が1歳半、長男が生後二カ月のとき福島支部で入会し、親子リズムが毎週の楽しみでした。その後、夫の転勤で大阪・豊中支部に。ちょうど2015年安保法制(戦争法案)のとき、同世代の会員たちとつながって憲法について学習したいと思い始めたのがその頃からです。平和の運動、子どもと女性を真ん中においてくれる新婦人の活動がどんどん好きになっていきました。

 東京・江東支部にいたときは、Line上の会話で、子育て世代会員のふとした一言から、東京五輪の学校連携観反対オンライン署名に発展し、全国から賛同を得て江東区を中止に追い込んだときは、新婦人に入って本当によかったと思えました。

 今年から福島支部に戻り、親子リズム時代の会員さんたちとも再会しました。最近転籍してきた方の「どこにいってもすぐ友だちができるよね」に共感。転勤族だけど、いつも誰かとつながって、自分らしくいられたと思います。小さな悩みも新婦人に来て話してほしい。そんな場所をこれからもみんなでつくっていきたいです。

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仲間と集まって 保育所増員、学童設置を求めて実現へ

仲間と集まって保育所増員、学童設置を求めて実現へ

広島・福山支部多治米班 中川陽子(94)

 

 1962年のある日、私の住んでいるアパートに「新婦人です」と名乗る2人の女性が訪ねてこられました。すぐ近くの港町の福山市立保育所に定員(70人)オーバーで入れなかった長女のことについて、定員増を要請する運動をしていると話してくれ、感動して入会しました。

 保育所ふやしてと求める運動はすぐに始まり、毎夜のように集まり、保育所に市長を呼んでの交渉、署名活動などで増員をすることができました。

 その後、夏休みに子どもを預かってくれる学童保育所も港町に設置してもらえることになり、市全域に設置する運動にもとりくみました。当時の運動はほとんど要求にもとづく初体験のものだったように思います。

 私たちのまわりには、課題や要求が絶えることはありません。あの頃の子どもたちは孫をみるように成長しています。私たちがたしかな引き継ぎをしたいものだと思っています。あなたも、新婦人に入って、いい人生にしてください

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