2012年8月23日 ジェンダー平等

核兵器なくそう女性のつどい2012 in ヒロシマ核兵器、基地、原発、オスプレイ配備NO!世界と日本の女性 思いひとつに

「核兵器なくそう女性のつどい2012inヒロシマ」フィナーレ

「核兵器なくそう女性のつどい2012inヒロシマ」フィナーレ


8月5日、核兵器なくそう女性のつどい2012inヒロシマ(同実行委員会/広島実行委員会主催)が広島県立総合体育館小アリーナで開かれ、1000人が集いました。今年はより交流できる場にと、自由発言の時間をとり、多くの人が登壇。舞台と会場が一体になりました。

(詳細は『月刊女性&運動』10月号)

たたかい 日本で世界で

笠井喜美代新婦人会長の開会あいさつに続いて、交流の第1部へ。矢野美耶子(みやこ)さんが「原爆投下当日、建物疎開作業を欠席して生き残りました。学習、行動して私は変わりました」と語り始めると会場は静まりかえります。女性平和基金の招待者、核兵器禁止世代(BANg)のニナ・アイゼンハートさん(ドイツ)、済州島基地建設反対のチョン・ヨンヒさん(韓国)が発言。
ニナさん(22)は、核兵器全面禁止をめざす、ヨーロッパの若者の行動を紹介。「大事なことは、広島・長崎の経験、被爆者の苦しみを伝えること。そのためにも原爆展はとても役に立ち、被爆者の証言を聞く機会を毎年、企画しています」
ヨンヒさんは22年間、カンジョン村でオレンジ農家を営む女性。「私はたたかいとは無縁でしたが、海軍基地建設が国家の安全保障のためでなく、アメリカのためだと知りました。天然記念物の珊瑚など自然ゆたかな村に基地はいらない」と、力強く話しました。
鈴木眞紀子さん(ふくしま復興共同センター放射能対策子どもチーム)は「水泳の授業や屋外活動に子どもたちを参加させるかどうか、すべての親の選択にかかっています。こうした生活に疲れ、状況が変わらない絶望感から福島を離れる人が増えています。16万人以上が福島に戻れないでいる、この事実だけで原発を廃炉にする理由は十分です」と発言、参加者は大きな拍手でこたえました。
今年は沖縄復帰40年、米軍基地はなくなるどころか米兵、米軍による事件が繰り返されています。そこに突きつけられたのが墜落死亡事故を繰り返すオスプレイの配備です。「県知事も『無理やりなら全基地閉鎖』と言い、全市町村議会で配備反対決議があがり、沖縄では日米安保そのものが揺らいでいます。オスプレイ配備は絶対に許せない」と我姑古ルミ子さん(新婦人・沖縄)。会場全体で沖縄県民大会のシンボルカラーである赤いものを振って連帯しました。

“私は言いたい!”と次つぎ

第2部は会場から一いっせいに手があがり23人が発言。「米軍は人権侵害、女性への暴力、経済的な問題など私たちの生活を脅かしています。女性たちの連帯でうちやぶりましょう」とグアムのカラ・フローレンス-メイズさん。ドイツからきたNATO軍事同盟反対のネットワークのクリスティン・カルヒさんは「戦争の原因は貧困と格差をうむ資本主義。その極端な形が核兵器です」と。ノルウェーのウスラー・ゲリスさんは4日に採択された国際会議宣言に「性差別主義の克服、女性の権利と地位向上」と書き込まれたことにふれ、女性のたたかいが動かしていると強調しました。
鳥取からは原爆展で画期的なひろがりをつくったと喜びの発言。倉吉市の呉服屋店主から10万円のカンパが寄せられ、カラーチラシを市内の全小中学校が保育所、高校、学童保育などに配布。3日間で800人が訪れ、被爆体験を聞き、署名も255人分があつまりました。
職場の休憩中に50人以上の署名をあつめて参加(大阪・中央)、炎天下、毎週、署名行動にとりくんだ(東京・足立)。「バスで10時間かけ参加」した岐阜では、平和行進の通過自治体を5カ年計画で62%にひろげました。
高校生からの発言は参加者の胸を熱くしました。東京のグループは宮城や岩手へのボランティア活動、石巻市の高校生から震災当時の話を聞き「どの生徒も忘れようとだれにも話してこなかった。福島、沖縄…もっと学んで行動しないと矛盾は変わらない」。
福島・南相馬市の高校生2人は「せまりくる津波から逃れるために、ただ生きることだけを考え避難しました」「私のふるさと小高地域は警戒区域が解除されましたが、ライフラインも除染もすまず『解除』は名ばかり。原発を廃炉にしてほしい」と声を詰まれせながら発言。「若い世代の行動する姿、女性の力に勇気をもらった」「子どもたちに希望ある未来を」と決意する夜になりました。
 

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