2007年5月10日 ジェンダー平等

「慰安婦」問題、真の解決のために対談 西野瑠美子さん 李修京さん

新婦人しんぶん 2007年5月10日号

 「人さらいのように連れていく強制はなかった」「強制性を裏づける証拠がなかった」――旧日本軍「慰安婦」について安倍首相が会見や国会答弁でのべたことに、日本・アジア各国はもちろん、アメリカ国内でも批判の声が。安倍首相は訪米にあたって「謝罪」を表明せざるをえませんでした(※)。被害女性を二重三重に苦しめるこれらの発言はなぜ繰り返されるのか、問題の真の解決とは…。長年この問題にとりくんできた西野瑠美子さん(「女たちの戦争と平和資料館」館長)と、「慰安婦」などの証言をとりつづけている李修京さん(東京学芸大学准教授)が話し合いました。
◇「謝罪」とはいえない
西野 訪米した安倍首相が話したことが「謝罪」だと報じられていることに違和感があります。
ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなどが社説をかかげるなど世論の高揚と、米下院への決議(日本政府に『慰安婦』問題で公式な謝罪を求める)提出の動きもあって、批判を沈静化しようという意図が見え見えです。
 英文を見ても、だれに苦しめられたか、つまり加害者が不明で曖昧な文章になっており、きわめて誠意がない言葉ですね。アメリカ政府・議会の反発を抑えたらそれでよい。もう一つは今回、結局アメリカが言うことだから無視できなくなったということだと思います。最初から謝る気はないし、基本的に変わっていない。
西野 日本のメディアの報じ方も問題です。「非常に困難な状況のなか、辛酸をなめられたことに人間として首相として心から同情している」という首相の発言を「謝罪した」と報じています。「非常に困難な状況のなか」といいますが、一体だれがやったのか、主体も責任の所在もない。「辛酸をなめられた」ではなく、「辛酸を与えた」と、加害の主体をはっきり言わなければ、謝罪の前提そのものが意味不明なのに、メディアはそれを追求しない。
安倍発言が一番問題だと思うのは「同情」という言葉です。同情というのは第三者が言うことであって、加害者が言う言葉ではありません。また、ブッシュ大統領が「首相の謝罪を受け入れた」というのも奇妙な話です。謝罪すべきはブッシュやアメリカのメディアにではなく、被害者に対してです。
 本当にそうです。ブッシュ大統領はイラクへの介入が泥沼化していて、甚大な民間人への被害が世界から非難されている。さらに、「慰安婦」問題を日本の歴史総括問題というよりも、人権問題として責められているため、なんとかこれをもみ消そうとしている。背景には中国を含む北東アジアの動きを牽制する米国と日本の軍事的思惑もあると思います。米国が軍事的に譲ろうとしなかった世界最強の戦闘機F22を日本が購入し、日米同盟を強めることでアジアにおける最強のエアーカバーができる防衛力を誇示できる。米国は日本を通じてアジアの軍事的バランスをコントロールできる。先日、嘉手納基地での日米合同演習ではF22を試用しましたが、そうした両国の軍事的戦略のなかで、「慰安婦」問題が日米間のノイズ(雑音)になってはいけないという判断だと思います。
◇「強制性」はなかった!?
西野 安倍首相は「慰安婦」問題を否定する先頭に立ってきた人物です。彼らが「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」を立ち上げたのは、97年版歴史教科書のすべてに「慰安婦」問題が記述されたことがきっかけです。同じ時期に「あたらしい歴史教科書をつくる会」も発足。日本社会の軸足が非常に右寄りになって、周辺事態法や日の丸・君が代強制など、軍事国家・戦争国家化の流れが急速に強まったこの10年。そのなかで、新たな戦争国家をつくろうとしている〝超々タカ派〟の政治家たちにとって、過去の戦争を「侵略戦争だった」というのでは、「戦争する国」への国民の理解を得られない。つまり、戦争それ自体を正当化するのと、加害の象徴だった「慰安婦」問題と南京虐殺をでっち上げだと抑え込むのは、戦争国家への流れと無関係ではないということですね。
 「慰安婦」の苦しみの一次責任は当然、日本軍にあります。軍隊の性奴隷として、人間としてあってはならない非道なことをしたわけですが、軍隊というのは基本的に〝男の発想〟に基づく組織です。女性が受ける苦しみ痛みはまったく考えていない。少なくとも東アジアの女性は、長年儒教思想による「貞操」観念が強要され、男性優位社会の厳しい環境のなかで育てられた。中でも韓国の女性は古い家父長制・儒教思想・軍国主義のもとで犠牲とされ、さらに軍事独裁政権下で恥の歴史として沈黙させられたところに多重の苦痛がありました。徹底した大陸侵略を掲げて数千万人を犠牲にした日本軍の指示なしには軍隊に女性は投入できるはずがありません。「強制がない」というのは、あまりにも当時の日本軍の状況や近代史を知らない表現だと思います。
西野 安倍さんは、〝軍は強制連行していない。やったのは業者だとして、「広義の強制はあった」と言っています。強制連行したのは軍ではなく業者だったというのは重要な誤りです。
河野談話(93年)を発表するにあたって、日本政府が調査した資料が三百数十点以上出ています。その資料を見ると、業者は軍が選定して、「慰安婦」を募集するときは地元の憲兵・警察と連携して集めよ、と指示しています。当時の「陸軍省副官通牒」ですから、たとえ直接手を下したのが業者でも軍の統制下で、彼らは動いていたのです。
◇みずからたたかった歴史
 日本軍によって踏みにじられ、想像もつかないくらいの生活を強いられた「慰安婦」たちが帰国した際、被害者として声を出し、人権問題としてとらえられたかというとそうではない。身体を汚し、一族や民族の恥だと罵られ、だれも迎え入れない生活を余儀なくさせられました。さらに、朝鮮戦争後の復興を急いだ軍事政権は、65年の日韓条約で賠償請求権を安く値切られたままにし、彼女らの名誉回復をすることもありませんでした。彼女らの人生は息を潜め、延命することへのたたかいだったと言えます。その点、犠牲者が報われない社会にしてしまった韓国側の自省も必要です。
 西野 被害女性たちの被った苦痛は、戦時下、慰安所の中で起こったことだけではなく、むしろ、戦後の長い人生のなかで、新たな苦痛と苦悩が再生産されていた、ということも考えていかなければなりません。彼女たちに沈黙を強いたものの正体は、もちろん日本政府が補償してこなかったということが第一にあるけれど、やはり、性暴力の被害者に対する「恥」の社会的視線の問題もあります。彼女たちは、〝恥意識〟に縛られ、みずからも自己否定せざるをえなかった。そういう社会通念的価値観を問い直さなければなりません。なにが人権侵害かを明らかにしないかぎり、過ちは繰り返されるのです。
 まさに、そうですね。
西野 そういう、女の価値は貞操、純潔、処女性とする貞操イデオロギーの価値観のなかで、朝鮮半島の女性にかぎらず、被害を受けた女性は今もなお沈黙しているという現実もある。勇気を出してカムアウトして自分の気持ちを自分の言葉で語る女性たちの証言を聞いて、やはり不正義は正さなければならないと感じます。彼女たちのたたかいが歴史をつくってきたと思います。
 李 無理やり人生を蹂躙され狂わされて、トラウマやPTSD(心的外傷後ストレス障害)で苦しんでいる彼女たちの心を本当に癒せる努力をして、真の和解をするためには〝これからは二度とないように、歴史の真実として伝えていく〟という決意こそ必要なんですね。
◇人権問題として
西野 慰安婦問題の解決に向けては、いまの状況を大変注目しています。安倍さんが口にした謝罪と責任を、外交上のダブルトークで終わらせないで有効に生かすための運動を生み出す必要があります。安倍首相の訪米前には決議を採択しないでいたアメリカの下院が動き出します。この決議で重要なのは、「明確であいまいでない公的謝罪」を求めていることです。日本政府が心から謝罪したということを被害者たちが納得するには、これが日本政府の真意なんだという証(あかし)が必要です。閣議決定や国会決議も一つです。
 李 そうですね。人間は生まれながらに平和に生きる権利があるということを認識しなければなりません。かつて「お国のために子どもをささげる」というのが強圧的に美化されてきたけれど、それは間違いの構図だということを地球市民がひろく連帯して知らせなければと思います。いま、日本に改憲の動きがありますが、たとえば、憲法に「交戦権」が明記されたら、自衛隊に人が集まらないかもしれない。そうなると男女を問わない徴兵制なども十分起りうることです。自分や家族の身にふりかかったときに、〝憲法が変わって、これはひどい〟となったときには遅い。そこまで見通して、いま声をあげることが大事ですよね。
西野 そのためにもメディアの役割は大きいです。教育基本法改悪のときに、国会周辺に何千人もが集まって反対の声をあげても、メディアはとりあげない。メディアが書かなければ、何もなかったことになってしまう。とはいえ、メディアに勇気を与えるのも世論ですから、「沈黙しない」ことが大事です。

  「慰安婦」問題は人びとと社会を変える貴重なテーマです。非暴力・平和・平等な社会をつくっていく大きな転機にしていきたいですね。

※旧日本軍「慰安婦」問題―この間の経過
今年1月末、米下院外交委員会の小委員会に「慰安婦」問題決議案が提案された。決議案は「日本軍による『慰安婦』の強制や奴隷化はなかったとするいかなる主張に対しても、明確に反論せよ」と主張。支持を表明する議員は100人をこえた。この決議案に対する安倍首相の「狭義の強制性はなかった」「謝罪するつもりはない」との反応が波紋をひろげている。海外からの強い批判を受け、首相は「河野談話」(河野官房長官談話)を継承するとのべたが、強制性を否定した前言は撤回していない。

1993年の河野談話は「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」こと、「慰安婦」の募集については「軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担した」と認め、「心からのお詫びと反省の気持ち」を表明している。ただし、「談話」は「多数の女性の名誉と尊厳」を傷つけた主体が「軍」であることをあいまいにし、法的責任を認めていない。
4月公表された国会図書館の資料で、強制売春の罪に問われて獄中で病死した業者が靖国神社に合祀(し)されていたことも明らかになっている。
1991年から2001年までに提起された「慰安婦」裁判は9件。ほとんどの裁判が「棄却」された。4月27日、中国人「慰安婦」事件第二次訴訟の最高裁判決でも「上告棄却」された。
裁判では「慰安婦」にされた女性への性被害など事実そのものは認定されたが、民法解釈で、不法行為から20年すぎると賠償請求権が消滅する「除斥期間」が壁になり、国家賠償法がない旧憲法下での国の行為は責任を問われないとする「国家無答責」による。ドイツをはじめ諸外国では戦後補償を徹底追及している。

にしの るみこ 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク共同代表 旧日本軍による性暴力を裁く「女性国際戦犯法廷」をとりあげたNHKの番組が放送直前に改変された問題でNHKと関連会社などを訴えた。二審の結審直前に番組を制作したNHK職員が「政治家の圧力が背景にあった」と内部告発。東京高裁は「国会議員の意図を忖度(そんたく)して当たり障りのないように(番組を)修正した」とした。著書に『戦場の慰安婦』(明石書店)・94年度日本ジャーナリスト会議JCJ賞受賞―他多数

イ・スゥギョン 東京学芸大学教育学部准教授(歴史社会学)『帝国の狭間に生きた日韓文学者』(緑蔭書房)で第9回日本女性文化賞受賞。『近代韓国の知識人と国際平和運動』(明石書店)、『韓国と日本の交流の記憶 日韓の未来を共に築くために』(編著 白帝社)のほか、共編著に『クラルテ運動と「種蒔く人」』(御茶ノ水書房)、『平和を拓く』(かもがわ出版)他多数。

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